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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)8635号 判決

原告 伊藤重雄

原告 伊藤利志子

右訴訟代理人弁護士 佐藤泰正

被告 日新火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 楫西誠治

右訴訟代理人弁護士 小河原泉

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一申立

(原告ら)

一  被告は、原告両名に対し各金七五〇万円及びこれらに対する本訴状送達の翌日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告)

主文同旨の判決

第二主張

(原告ら)

「請求原因」

一  被告は、保険事業を業務とする商人であるところ、昭和五一年七月三一日、訴外加藤周一との間で左記自動車損害賠償責任保険契約を締結し、同訴外人は所定の保険料金を支払った。

(一) 証明書番号 四二G―二八六八一

(二) 契約車輛 茨一一あ五九一〇(以下本件契約車という)

(三) 保険期間 自昭和五一年七月三一日至昭和五二年七月三一日

二  昭和五一年一一月二九日訴外加藤周一の被用者伊藤孝行と同じく福沢守夫は、それぞれ各別の車輛(伊藤孝行は、茨一一あ四四一〇=以下「伊藤車」という、福沢守夫は本件契約車)を運転し、同訴外人の業務に従事していたところ、同日夕方から遠距離輪送のため本件契約車の後輪タイヤの交換が必要となり、そこで両名は各自の車輛を前後して都内中野区中野四丁目一一番先路上に駐車させた。

そして同所で本件契約車の運転者たる訴外福沢守夫において同車のタイヤ交換をはじめ、訴外伊藤孝行はこれを手伝うべく契約車輛のスペアタイヤをハンマーでたたいて点検中突然タイヤが破裂し、そのため伊藤孝行は体育館地下通路上に吹き飛ばされ路面で頭部を強打して同日午後四時一〇分頃脳挫傷により同所で死亡するに至った。

三  右のごとき事故状況からすると本件事故は、本件契約車の運行によって生じたことは明らかであり、また伊藤孝行は、本件契約車の運転手ではないので当然他人に該ることになる。そうすると本件契約車の保有者たる訴外加藤周一は自賠法三条により伊藤孝行の死亡によって生じた損害を賠償する責任があることになる。よって被告は自賠法一六条一項により伊藤孝行の相続人である原告に対して保険金額の限度で本件事故による原告らの損害を支払うべき義務がある。

なお本件事故が前項とは若干異なり本件契約車のスペアタイヤを伊藤車に取付けるべく伊藤孝行において点検中に破裂したものであっても、事故が本件契約車の運行によって生じたものであり、且つ伊藤孝行が自賠法三条にいう他人に該ることは変りなく、従って被告は保険金額の限度で原告らの損害を支払うべき義務がある。

すなわち右のごとき事情の際に事故が生じたとしても伊藤車本件契約車はタイヤ交換のため一時的に路上に駐車した際の事故であり、タイヤ交換後は引続き走行することが当然予定されていたのである。そうするとたとえ本件契約車から取りはずしたタイヤの爆発によるものであってもタイヤの取換えは車輛の走行と密接に関連しており且つ事故は本件契約車の駐車直後、駐車直近で発生しており、運転手の福沢守夫もタイヤの運搬に関与していたのである。かかる事情であるから本件契約車の運行によって発生した事故といって何ら差支えないところである。次に伊藤孝行が他人であるとの点であるが、事故が本件契約車の備付けタイヤによって生じたことは被告においても争わないところである。そして本件契約車の運行供用者は訴外加藤周一であり、且つ運転手は福沢守夫であるから、伊藤孝行は本件契約車の運行供用者ではなく運転手でもなく、当然他人に該ることになる。なお被告は本件事故は本件契約車のタイヤが伊藤孝行の勢力範囲に入った後に生じたのであるから伊藤孝行は本件契約車の他人ではないと主張するようである。しかし事故は本件契約車の取付タイヤを福沢守夫、伊藤孝行の両名で運搬し、路上に買いた直後に生じたものであり、タイヤを運搬した事情が被告主張どおりだとしても、取付可能か否かの点検も完了しておらず、福沢守夫もすぐ近くにいたのであるから同人の勢力圏を完全に離脱したとはいい得ない。のみならず点検の結果タイヤに欠陥を発見すれば伊藤孝行は直ちに福沢守夫に返還したであろうことは明らかであるから、タイヤが伊藤孝行の勢力範囲に入ったといい得るためには、少なくとも伊藤孝行においてタイヤが車輛の一部として使用できることを確認したことを要するところ、事故は点検中に生じたものであるから、伊藤孝行の勢力範囲に入ったということはできず、よって同人は本件契約車の他人に該ることになる。なお仮りに福沢守夫、伊藤孝行両名の勢力圏にあったとしても、タイヤは本件契約車に備付けられていたものであり、伊藤孝行における本件契約車の運行利益、運行支配は極めて少ないのであるから、伊藤孝行の他人性は割合的にも肯定さるべきである。

四  原告両名は、伊藤孝行の両親であり、同人の死亡により次の損害を蒙った。

(一) 逸失利益

亡伊藤孝行は事故当時二四才の健康な男子で、加藤運送に勤務し、年収一五四万円を得ていた。これを基礎に、本件事故なかりせば同人は六七才まで稼働可能で、その生活費は五割とみてライプニッツ方式でこの間の逸失利益を現価に引直すと一、三五一万円余となる。

原告両名は各々その二分の一宛を相続したものである。

(二) 慰藉料

右のごとき身分関係に鑑み、原告両名につき各四〇〇万円をもって相当とする。

五  よって原告両名は被告に対し、右損害のうち保険金の限度である各七五〇万円(逸失利益各三五〇万円、慰藉料各四〇〇万円)及びこれらに対する本訴状送達の翌日以降完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告)

請求原因一項は認める。

同二項中、本件契約車のスペアタイヤを取りはずし伊藤孝行において点検中爆発して同人が死亡する事故が起ったことは認めるが、点検の事情は後記のとおりであって本件契約車のタイヤ交換中であったことは争う。

同三項は争う。その詳細は後記のとおりである。

同四項は不知、同五項は争う。

「被告の主張」

一  タイヤの爆発は、本件契約車のスペアタイヤを伊藤車に取付けるべく伊藤孝行において点検中に生じたものである。そうすると仮に運行概念を広くとり、いわゆる車庫出入説をとったとしても車輛から分離されたものから生じた本件のような事故は運行によるとはいえない。しかも事故は本件契約車は完全に停止し、同車からスペアタイヤを降ろして数時間経て生じており、加わうるに伊藤孝行のハンマーによる打撃という行為によって生じているのであるから、如何に広く運行概念を解しても運行によるとは認め難い。

二  仮にスペアタイヤの爆発が運行にあたるとしても、本件スペアタイヤは伊藤車のために使用しようとして伊藤孝行においてこれを受取り、自己の勢力の範囲内に入れてから、ハンマーでリングを叩くという極めて危険な行為をしたため爆発したのであるから、同人は自賠法三条にいう「他人」に該らないというべきである。

三  よって原告らは運行供用者たる加藤周一に対して自賠法三条による損害賠償を請求することはできないところであり、被告は加藤周一において自賠法三条の責任を負う場合のみ保険金の支払義務を負うのであるから、原告らの本訴請求は理由がない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因一項の保険契約の締結の事実並びに同二項中本件契約車のスペアタイヤを取りはずし伊藤孝行において点検中爆発して同人が死亡する事故が発生したことは当事者間に争いがない。

二  被告は、伊藤孝行のタイヤの点検が自賠法三条にいう「運行」に該ること及び同人が本件契約車に関して「他人」に該当することを争っているのでこの点について検討するに、《証拠省略》によれば、

(一)  亡伊藤孝行は、加藤運送という商号のもとに都内で運送業を営む加藤周一のもとで事故当時運転手として稼働していたものであり、加藤周一方にはそのほか本件事故現場に居合わせた福沢守夫ほか一七名位が運転手として稼働していたのであるが、各人の運転する車輛は決っており、事故当事伊藤孝行は伊藤車、福沢守夫は本件契約車を運転していたこと。

(二)  事故当日の夜伊藤孝行、福沢守夫は各人の車輛を運転して関西方面に向う予定であったところ、車のタイヤがすり減っているようなのでその前にタイヤを交換しておこうとして同日午後一時頃都中野体育館前駐車場に一メートル位の間を置いて伊藤車、本件契約車を停車させたこと。

そして各人の車輛を点検したところ、本件契約車については、後部右軸タイヤ二本の山がなくなっており、伊藤車については右軸タイヤの外側のタイヤ一本が特に山がすり減っていたので、これらタイヤを取替えることにしたこと。

両名は加藤運送の事務所にタイヤを取りに行ったが、そこにはタイヤが二本しかなかったのであるが、これらを四トン車に積み再び各人の車輛が駐車している中野体育館前駐車場に戻り、まずこの特って来た二本のタイヤを使用し両名協力して本件契約車の取替えの必要のある左後部軸タイヤ二本と取替えたこと

(三)  次に本件契約車に積んであったスペアタイヤを福沢守夫において降ろし、これを点検したところ、リングが浮いたようになっていてそのままでは利用できない状態であったこと。しかるところ伊藤孝行は四トン車に積んであったハンマーを持出し、このスペアタイヤの上に乗ってリングを押し込むべくハンマーでリングを叩いたところ、二回目に叩いた時にタイヤが爆発して同人は飛ばされて死亡するに至ったこと。この間福沢守夫は取りはずしたタイヤを四トン車に積み込んでいて、これを終え伊藤孝行のそばへ行こうとした時に爆発が生じたこと。

(四)  なおこのスペアタイヤは新品であり、タイヤの交換そのものは特に危険はなく、被害者伊藤孝行においてもこれまで何回かしたことがあるが、伊藤車本件契約車のごとき大型貨物車のタイヤの空気圧は七キロ位なので、空気を入れたままリングを強く叩くのが危険なのは明らかなこと。

以上の事実が認められる。

右事実からすると本件契約車のうちタイヤの交換が必要である分についてはすべて取替えが終っていたわけであり、従ってスペアタイヤは伊藤車に使用すべく本件契約車から降ろされたものと認められる。

なお証人福沢守夫は、本件契約車のタイヤ交換に使用すべくスペアタイヤを降ろした旨供述するのであるが、《証拠省略》に照らし採用できないところである。

三  そうだとすると前記のごとく爆発したスペアタイヤは本件契約車から降ろされたのであるが、それは伊藤車のタイヤ交換に使用さるべく降ろされたのであり且つ伊藤孝行はこのスペアタイヤの上に乗ってリングを強打するという自ら危険な行為に出てこれを爆発させたわけである。

スペアタイヤを点検中に爆発が生じた場合でも、それが空気の圧力の程度、亀裂の有無等点検の際通常なされる行為を採っている時生じたのであれば運行と解されるであろう。しかし右のごとく本件はスペアタイヤは本件契約車から離されて路面に置かれたうえ、被害者において採った危険な行為が爆発の原因となっているのである。そうすると被害者伊藤孝行においてかかる行為に出た時点で本件契約車の運行と評価できなくなったと解さざるを得ない。

四  従って本件契約車の運行供用者たる加藤周一の自賠法三条の規定に基く損害賠償責任の発生を前提とする原告らの本訴請求は、すすんでその余の点を判断するまでもなくその理由がないことになる。

よってこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部崇明)

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